| 遼国概略 | ||
| 史実 | 西暦 | 水滸伝中の物語 |
| 契丹族の耶律阿保機、契丹国を建国、太祖となる | 916 | |
| 契丹、燕雲十六州を後晋 石敬瑭(石敬トウ)より割譲 | 936 | |
| 契丹 国号を大遼とする | 937 | |
| 趙匡胤 宋を建国、太祖となる | 960 | |
| 大遼 国号を大契丹に戻す | 983 | |
| 1058 | 洪大尉 百八の魔星を解き放つ | |
| 契丹 国号を大遼に戻す | 1066 | |
| 宋 八代徽宗即位 遼 九代天祚帝即位 |
1101 | 宋 八代徽宗即位 |
| 女真族の完顔阿骨打、金を建国 | 1115 | 宋江 誤って閻婆惜を殺す |
| 宋 方臘の乱を鎮圧 | 1121 | |
| 1122 | 宋軍 大いに遼軍を破る(遼国王は耶律輝) | |
| 大遼、金と宋の挟撃に遇い滅亡 | 1125 | 宋江 寥児洼(寥児ワ)に死す |
| 金国南下して北宋滅亡(靖康の変) | 1126 | |
| 高宗 応天府にて即位(以後南宋) | 1127 | |
基礎知識(注 手近の資料だけに頼っているので間違いがあるかも。要注意下さい。) ■燕雲十六州(幽雲十六州) 宋国の前、五代の石敬瑭(せき・けいとう)は、遼国の力を借りて、後唐を滅ぼし晋(後晋)を建国し太祖となりましたが、その協力の代償として遼に国境付近の幽州を含む十六州の領土を割譲しました(936年)。遼は幽州を燕京と改め、遼の副都南京としました。のち、後周の世宗(柴栄)【柴進の先祖とされる人物】が三州を回復しましたが、宋代に三州を失い、最終的に十六州が遼の統治下となりました。以後、遼が滅亡するまで、燕雲十六州は遼の領地でした。 『水滸伝』で宋軍と遼軍が対決するのもこの燕雲十六州です。楊雄・石秀・公孫勝の住んでいた薊州や段景住の故郷タク州などは、遼の領地でした。ということは楊雄は遼の小役人だったということになりますが、細かいことは考えないようにしよう。また征遼戦の舞台である州のうち壇州・薊州・涿州(タク州)・幽州は燕雲十六州で、覇州や雄州は違ったりしますが、細かいことは考えないようにしよう。幽州=燕京のハズであるが、水滸伝を読む限り幽州城と燕京城は別の場所にあったりしますが、細かいことは考えないようにしよう。■二元統治 そんなわけで遼国は漢民族の地、燕雲十六州を手に入れるわけですが、遊牧民族の契丹人のやり方で統治するのは難しいので、もともとの遼の領土であった土地は従来の部族制、新たに手に入れた土地は中国にならって州県制をとりました。燕雲の地では積極的に漢民族を登用し、漢化政策をとったのです。水滸伝の遼国人にも漢民族のような名前の人がいますね。たぶん漢民族なんでしょう。ちなみに契丹人は元々姓がなかったんですが、のち漢化政策を採り自分の部族の名前を姓とし字なんかも付けたようです。なので『遼書』にでてくる人は7割方耶律氏。 ■国主 『水滸伝』中の遼国人は全て架空の人物です。『水滸伝』の遼国国主は、宋への降伏の書面の中に自らの名を「耶律輝」と記しています。が、史実ではこの時期の遼国主は第九代天祚帝こと耶律延禧(字は延寧)で、位も国王ではなく皇帝です。 |
||