地名紹介 河北(河北東路・河北西路)



ほくけいたいめいふ
北京大名府

 北宋の四つの都の一つ。河北東路に属す。現在の河北省邯鄲市大名県。留守司(都の長官)は、蔡京の娘婿の梁中書。「青面獣 北京に武を闘わす」の舞台。
 東京でごろつきの牛二を斬り殺してしまった青面獣・楊志は、北京に流罪となり、軍役に就かされる(第12回)。留守司の梁中書に気に入られた楊志は、武芸の試合で副牌軍(副隊長)の周謹を破り、正牌軍(正隊長)の急先鋒・索超と互角に戦って、提轄(部隊長)に取り立てられる(第13回)。その後、楊志は梁中書から生辰綱(東京の蔡京への誕生祝いの贈り物)の護送を任じられ、北京を発って東京へ向かう(第16回)。
 石将軍・石勇の出身地(第35回)。
 

そうしゅう (おうかいぐん)
滄州 (横海郡)

 北宋の河北東路に属す。別称は横海郡。現在の河北省滄州市。遼国と国境を接する北辺の地で、流罪人を労役に就かせる牢城がある。城外には小旋風・柴進の住む屋敷がある。「林冲 棒もて洪教頭を打つ」、「林教頭 風雪の山神廟」の舞台。
 東京で罪に陥れられた豹子頭・林冲は、滄州へと流罪となる(第8回)。配流途中に小旋風・柴進の屋敷を訪れた林冲は、柴進と義を結んだ(第9回)。滄州の牢城で、高キュウの手先に命を狙われた林冲は、刺客・陸謙等を斬り殺して逃亡した(第10回)。
  

ぎょうじょう
ギョウ城

 臨ショウ県の旧称。(春秋戦国時代に斉の桓公がギョウ城を建築させたのが始まり。)北宋の河北東路・相州の属県。現在の河北省邯鄲市臨ショウ県。
 跳澗虎・陳達の出身地(第2回)。
  

おんしゅう
恩州

 北宋の河北東路に属す。現在の河北省ケイ台市清河県。北宋代では清河県は、恩州の第一属県で役所は同じ城市にあるが、『水滸伝』内でははっきり書かれていない。金代では、恩州の役所は隣の歴亭県に移った。
 孟州で陥れられた武松は、恩州に配流されることになった(第30回)。
  
せいがけん
清河県

 恩州の属県。現在の河北省ケイ台市清河県。
 武松の出身地(第23回ほか)。清河県の機密(刑事)を殴り殺した武松は、清河県を逃れて滄州へ身を隠していた。実はその機密は生きていたことが分かり、武松は兄・武大の住む清河県へ帰ることになった(第23回)。途中、陽穀県で武松は武大に再会する。武大は、まわりのちんぴらのいじめに耐えかねて清河県から陽穀県に引っ越していた(第24回)。
 

かいしゅう
開州

 金代の地名。北宋の河北東路・開徳府のこと。現在の河南省濮陽市。
 霹靂火・秦明の出身地(第34回)。
  

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