好漢紹介
直裰冷披黑霧
戒箍光射秋霜
額前剪髮拂眉長
腦後護頭齊項
頂骨數珠燦白
雜絨條結微黄
鋼刀兩口迸寒光
行者武松形像てんしょうせい ぎょうじゃ ぶしょう
天傷星 行者 武松
浪人。のち物語内で出家し行者となり、あだ名は行者。清河県の出身。排行は二郎。身の丈八尺、堂々たる風貌。身には何百何千斤というたくましい力をみなぎらせている。登場時二十四、五歳。行者となってからは、二本の戒刀を操る。
地元で機密(刑事)といざこざを起こし、これを殴り殺したため滄州の小旋風柴進の屋敷に身を隠していた。ところが機密は実は生きていたことが分かったため、故郷へ戻ろうとしたが、おこりを患いしばらく柴進の屋敷に逗留していた。この頃、同じく柴進の屋敷に身を寄せていた山東の及時雨宋江と出会う。かねてより宋江の名を聞き慕っていた武松は、宋江を義兄と仰いで義兄弟の契りを結ぶ。のち病も癒えたため、武松は宋江に別れを告げ、清河県へ向けて旅立つ。
清河県への旅の途中、陽穀県の景陽岡のふもとの居酒屋に立ち寄る。「三碗不過岡(三杯呑めば峠を越せぬ)」と呼ばれる酒を立て続けに十五杯もたいらげ、居酒屋の忠告を無視して、人食い虎が出るという景陽岡を越えていく。酔っぱらって峠で休んでいると、噂の人食い虎が現れ、武松に襲いかかってくる。武器を失った武松は、素手で虎と戦い、激戦の末にこれを殴り殺した。これを知った陽穀県の人々は武松を英雄と賞賛し、武松の英雄ぶりを気に入った陽穀知県は、武松を県の都頭に取り立てる。陽穀県は故郷の清河県にほど近かったため、武松はここで都頭となることにする。
武松の実の兄の武大郎は、清河県で嫁をもらってからというもの地元でいじめに遭い、隣の陽穀県に引っ越してきて、炊餅売りで生計を立てていた。こうして兄弟は偶然にも陽穀県で再会を果たす。武松は、武大の家に住み込むことになるが、ちんちくりんで不細工な武大と似ても似つかぬ堂々とした武松に浮気心を催した兄嫁の潘金蓮が武松に言い寄り、武松は気分を概して家を出ていってしまう。武松が知県の任を受け東京開封府へ赴いている間、潘金蓮が地元の金持ちの西門慶と姦通に走る。武大に浮気がばれた西門慶は勢いで武大に怪我を負わせる。武松の報復を恐れた西門慶と潘金蓮は武大に毒薬を盛って口封じをする。東京より戻った武松は、武大の死を知って愕然とする。武松は、武大殺しの真相を突き止め、西門慶・潘金蓮を斬り殺して兄の恨みを晴らした。周囲の住民の証言と共に自首した武松は、東平府の陳府尹のはからいで死刑を免れ、孟州へ流罪となった。途中立ち寄った十字坡の居酒屋で同行の護送役人が痺れ酒を盛られて倒れる。これを見破っていた武松は、居酒屋の女将を懲らしめ、女将の主人に仲裁される。女将は母夜叉の孫二娘、旦那は菜園子の張青といい、武松と意気投合し義兄弟の契りを結んだ。
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孟州の牢城では、典獄と、その息子の金眼彪施恩に、その堂々たる風貌を気に入られ、囚人ながら厚く遇される。折しも施恩はごろつきの蒋門神に快活林の交易所を奪われ怪我を負わされていたころで、施恩は武松に仇討ちを頼み込む。武松は、仇討ちに向かう道々酒をあおり、酔っぱらいながら蒋門神と戦ってこれを懲らしめた。
しばらくして武松は孟州の兵馬都監・張蒙方のもとに招かれ仕えることとなる。しかし実は張蒙方は、蒋門神の親分の張団練の義兄弟であり、蒋門神の恨みを晴らすべく武松に物盗りの罪を着せこれを捉える。武松は孟州の役所へ連行され裁きにかけられるが、施恩が手を回していたおかげで、死罪を免れ恩州へと流罪となる。流刑の道中飛雲浦にて、張都監に買収された護送役人と刺客に命を狙われるが、返り討ちにしてこれを殺す。刺客を放ったのが張都監であることを知った武松は逆上し、孟州へとって返し張都監の屋敷の鴛鴦楼に押し入り、張都監や蒋門神をはじめ、家人など十数人を朴刀で次々に惨殺した。
逃亡する武松は途中、十字坡で張青・孫二娘に再会し、二人の薦めで捕り手の目をごまかすために行者の姿を装い、二竜山の魯智深と楊志を頼っていくことにする。旅を続ける武松は、蜈蚣嶺で山賊の王道人と戦ってこれを成敗し、つづく青州白虎山では居酒屋で暴れて酔っぱらったところを地元の孔明・孔亮兄弟のもとに捕らえられる。このとき偶然にも柴進の屋敷を去っていた宋江が孔兄弟のもとへ逗留しており、二人は再会を果たす。しばらく孔兄弟の屋敷に逗留した武松は宋江と別れて二竜山を目指し、魯智深・楊志のもとへ仲間入りする。その後、張青・孫二娘・曹正・施恩が仲間に加わり二竜山の勢力は大きくなっていった。
しばらく後、梁山泊の討伐に失敗した官軍の呼延灼が青州へ落ち延びてくる。呼延灼は汚名挽回のため青州の兵馬を借り受け、青州内の三山(二竜山・桃花山・白虎山)の山賊の討伐に討って出る。武松らは、桃花山の李忠・周通を救援するために山を下り、呼延灼と戦うが決着はつかなかった。三山の頭領たちは、つてを頼って梁山泊へ助けを求め、力を合わせて呼延灼を生け捕り青州城を破った。こうして三山の頭領たちは揃って梁山泊へ身を投じ、武松も晴れて梁山泊の一員となった。
入山後は、歩兵の頭領を務め、主に魯智深と行動を共にする。入山直後、史進を梁山泊の仲間入りさせるために、魯智深と共に華州小華山へ赴く。折しも史進は華州の城内に囚われの身となっており、史進を救おうとした魯智深は賀太守の暗殺を謀って単身城内に潜入するが、見破られて捕らえられ投獄されてう。武松は梁山泊の援軍と共に華州を破り、魯智深を救い出した。その後、曽頭市戦、北京戦、東昌府戦に参戦した。
梁山泊での席次は第14位、歩兵軍の頭領十員のひとり。