好漢紹介



頭綰兩枚鬅鬆雙丫髻
身穿一領巴山短褐袍
腰繋雜色綵絲縧
背上松紋古銅劍
白肉脚襯着多耳麻鞋
綿囊手拿着鼈殼扇子
八字眉一雙杏子眼
四方口一部落腮鬍
   てんかんせい にゅううんりょう こうそんしょう
 天閑星 入雲竜 公孫勝

 諸国を行脚する道士。道号は一清先生。薊州の出身。道術に通じ、風を起こし雨を呼び霧にまたがり雲に上ることも出来るため、あだ名は入雲竜。また諸版の武芸にも通じ、公孫勝大郎とも呼ばれる。身の丈八尺、堂々とした風貌。八字の眉に、杏のような眼、口は四角く、無精ひげを生やす。松文古定剣を用いる。

 修行の旅の途中、不義の財である生辰綱(北京の梁中書から東京の太師蔡京へ送られる十万貫の誕生日の贈り物)を強奪することを考えた公孫勝は、ウン城県東渓村の晁蓋の元を訪れ力を借りようとする。すでに晁蓋は、仲間たちと強奪の決行を決めていたところで、公孫勝を含め七人の好漢が集まり、義を結び七星の誓いを立てる。そして、計略を持って見事輸送中の生辰綱を奪い取ることに成功する。

 その後、生辰綱強奪に協力した白勝が鄆城県の役所に捕らわれ自白したことから晁蓋らの身元が割れてしまう。晁蓋・公孫勝らは、鄆城県の押司・宋江の手引きによって梁山泊へ逃れる。公孫勝は途中、道術で風を巻き起こして追っ手が迫るのを妨げた。梁山泊では首領の王倫が晁蓋らを快く思わず体よく追い返そうとする。しかし、梁山泊の好漢・林冲が王倫の狭量に業を煮やし、自ら王倫を討って晁蓋を新たな梁山泊の首領に迎え入れた。公孫勝は新たな体制の梁山泊で、晁蓋・呉用に次いで第三の席に着く。

 恩人の宋江が江州で罪を犯し処刑されかかると、晁蓋らは下山して宋江を救いに行き、公孫勝は呉用らと共に梁山泊に残って山寨を守った。晁蓋らは無事宋江を救い出し、宋江が仲間に加わった。その後、宋江が父親を梁山泊の山寨へ迎えて暮らし始めたのを見た公孫勝は、故郷に残した老母を見舞うため百日の期限の約束で薊州へ帰郷する。しかし帰郷先で師匠の羅真人に引き留められ、清道人と名を改めて修行を続けながら期限を過ぎても梁山泊に戻らなかった。梁山泊からは何度か捜索の遣いを出したが、公孫勝を探し出すことは出来なかった。

 そのうち梁山泊軍は、妖術をあやつる高廉知府率いる高唐州軍と戦争になる。高廉の妖術に苦しめられた梁山泊軍は公孫勝を再び呼び戻すことにし、戴宗と李逵を薊州へ遣いにやる。戴宗と李逵は、薊州の二仙山で母親と共に暮らす公孫勝に再会する。公孫勝は、下山を断ったがかつての仲間たちに頼み込まれたこともあり、師匠の羅真人に諮る。はじめは公孫勝の下山を認めなかった羅真人だが、李逵の出たらめっぷりに免じて公孫勝を下山させることにする。

 高唐州へとたどり着いた公孫勝は、さっそく妖術を操り、高廉の術を破って梁山泊軍を勝利に導く。その後は梁山泊軍に復帰し、呉用と共に軍師をつとめる。芒碭山戦、北京戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。芒碭山戦では、諸葛亮の八卦の陣を敷いて、賊将樊瑞の道術を破り、梁山泊軍を勝利に導いた。北京戦では行脚の道士のふりをして、凌振を連れて北京城外に待機、合図の号砲を放った。東昌府の戦いでは、道術で風を起こし、敵将張清隊を混乱させ水辺へ誘い込んだ。

 梁山泊での席次は第4位、機密を司る軍師。


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