好漢紹介

ちませい  うんりこんごう  そうばん
地魔星 雲裏金剛 宋万
 
 梁山泊最古参の好漢のひとり。梁山泊初代首領王倫の元で杜遷と共に副首領を務める。あだ名は雲裏金剛。武芸は十人並み。
 林冲が梁山泊に身を寄せてきた場面で初登場。林冲の仲間入りを拒む王倫を、杜遷・朱貴らと共にとりなした。のち晁蓋ら七人が、梁山泊へ身を寄せてきたときも王倫はこれを拒んだが、業を煮やした林冲が王倫を討ち、晁蓋を新たな頭領に据える。杜遷・宋万・朱貴ら古参好漢たちも晁蓋に従うことを誓う。
 その後は歩兵の頭領として寨の守備などを務めた。晁蓋の恩人、宋江が江州で囚われの身となると、晁蓋らと共に江州へ乗り込んでいって処刑間際の宋江を救い出した。無為軍線では、朱貴と共に情報探知に当たる。晁蓋率いる曽頭市の戦いにも参戦。北京戦では、杜遷と共に商人のふりをして北京城内に潜入し、合図と共に暴れ回り梁中書の一家を皆殺しにした。
 梁山泊での最終席次は第82位、歩兵軍の将校十七員の一人。

ちようせい  ぼちゃくてん  とせん
地妖星 模着天 杜遷

 梁山泊最古参の好漢のひとり。梁山泊初代首領王倫の元で宋万と共に副首領を務める。あだ名は模着天。武芸は十人並み。
 林冲が梁山泊に身を寄せてきた場面で初登場。林冲の仲間入りを拒む王倫を、宋万・朱貴らと共にとりなした。のち晁蓋ら七人が、梁山泊へ身を寄せてきたときも王倫はこれを拒んだが、業を煮やした林冲が王倫を討ち、晁蓋を新たな頭領に据える。杜遷・宋万・朱貴ら古参好漢たちも晁蓋に従うことを誓う。
 その後は歩兵の頭領として寨の守備などを務めた。晁蓋の恩人、宋江が江州で囚われの身となると、晁蓋らと共に江州へ乗り込んでいって処刑間際の宋江を救い出した。つづく無為軍の戦いでは、石勇と共に城門付近に伏兵し、守備兵を斬って城門を開いた。対呼延灼戦では、劉唐と共に歩兵の一隊を率いて連還馬を迎え撃ち、敗走する敵将韓滔を劉唐と共に生け捕った。晁蓋率いる曽頭市の戦いにも参戦。北京戦では、杜遷と共に商人のふりをして北京城内に潜入し、合図と共に暴れ回り梁中書の一家を皆殺しにした。
 梁山泊での最終席次は第83位、歩兵軍の将校十七員の一人。

ちゆうせい  びょうたいちゅう  せつえい
地幽星 病大虫 薛永

 旅商人。河南府の出身。槍棒使いの武芸者で、あだ名は病大虫。祖父は、种老相公に仕えた武官であったが、同僚に追い落とされ子孫の薛永は槍棒を使って芸を見せては膏薬を売る旅商人に身を落としていた。
 ある時、江州付近の掲陽鎮にて槍棒を操って商売を始めるが、街の顔役・穆春が圧力をかけ通知を出していたため、街人には相手にされなかった。そこを通りかかった江州へ配流途中の宋江が、薛永に金を出してやる。すると、顔役の穆春は掲陽鎮に泥を塗ったと怒って宋江に殴りかかってくる。薛永はこれを遮って、穆春を打ちのめす。薛永は、宋江と誼を結び、別れて宿屋に泊まっていたところを穆春らの仕返しに合い、捕まって柱に吊される。その後、宋江が天下の義士・山東の宋公明であることを知った穆春らは宋江と誼を結び、薛永も許されてしばらく穆春の屋敷に逗留した。
 しばらくのち宋江が江州にて反逆の罪を着せられ処刑されかかると、李俊・李立・張兄弟・穆兄弟・童兄弟らとともに手下を集めて、宋江を救い出そうとした。その時、すでに宋江は梁山泊の好漢らに救い出されており、一同は宋江らと合流し白竜廟に小聚義し、梁山泊の好漢の仲間入りをした。つづく無為軍戦での黄文炳討伐は、城内に侵入し、かつての武芸の弟子であった侯建に再会する。おりしも侯建は黄文炳の屋敷に仕える身であったため、二人は屋敷に身をひそめ、梁山泊の好漢たちを導いた。
 入山後は陶宗旺と共に城塞の建築を監督する。対呼延灼戦に参戦し、馬麟と共に歩兵の一隊を率いた。また、東京へ行って凌振の家族を梁山泊へ迎えた。また、関勝が投降すると蒲東へ関勝の家族を迎えに行った。
 梁山泊での最終席次は第84位、歩兵軍の将校十七員の一人。

ちふくせい  きんがんひょう  しおん
地伏星 金眼彪 施恩

 孟州安平寨の典獄の息子。若年の頃より武芸をたしなみ、あだ名は金眼彪。色白の顔に三筋のひげをたくわえ、身の丈六尺あまり、登場時二十四、五歳。孟州東門外の交易所・快活林で料理屋を営みながら、一帯の旅籠や博打場を取り仕切っていた。
 ある時、孟州に赴任してきた張団練と共にやってきた蒋門神の蒋忠が快活林の縄張りを奪いに来る。施恩は、これを突っぱねるが巨漢の蒋忠に殴る蹴るの暴行を受け、頭と腕に大けがを負わされたあげく快活林の縄張りを奪われてしまった。施恩は復讐を思うが、張団練率いる正規兵を恐れて手を出せずにいた。そんな折、陽穀県から武松が孟州へ流されてくる。武松が豪傑であることを見込んだ施恩は、父の典獄に便宜を図るようにとりなし、罪人の武松をもてなした。
 武松は施恩の話を聞くと、早速話を引き受け、道々酒を飲みながら快活林へ行き、酔いながらも蒋門神を懲らしめ、快活林を施恩のもとへ取り戻した。その後、武松は孟州の張都監のもとで登用されるが、窃盗の濡れ衣を着せられ流罪に処せられる。張都監と蒋門神は結託しており、武松に仕返しをしたのだった。武松がいなくなったのを良いことに蒋門神は、またも施恩に怪我を負わせ快活林を奪う。流刑途中の武松は護送役人に命を狙われたことに逆上しこれを殺し、張都監の屋敷へ乗り込んでいって張都監や蒋門神を始め屋敷の者たちを次々に惨殺した。
 武松が孟州の張都監の屋敷で惨殺事件を起こした後、施恩の元へ犯人を捕縛するよう責めを負わされたので一家で逃亡。流浪中に両親が亡くなり、武松が二竜山にいることを聞きつけて二竜山に身を投じた。青州での呼延灼率いる官軍との戦を経て梁山泊に入山。
 入山後は歩兵の頭領を務める。北京戦、東昌府戦に参戦。北京の戦いでは、雷横、穆春と共に第七隊を率いて戦った。

 梁山泊での最終席次は第85位、歩兵軍の将校十七員の一人。


ちへきせい  だこしょう  りちゅう
地僻星 打虎将 李忠

 旅商人。濠州の出身。槍棒の使い手であだ名は打虎将。もと史進の武芸の師匠。

 ある時、渭州で王進を探す旅をしていた史進と街中で再会する。またこの時、提轄の魯達とも知り合い三人で酒の席をともにした。この後、魯達は鎮関西を殴り殺す事件を起こしてしまい、巻き込まれることを恐れた李忠は渭州を後にした。旅先の青州桃花山を通りかかったとき、山賊の周通に襲われるが、これを撃退し李忠は周通に引き留められて桃花山の山賊の首領に収まる。

 またある時、周通が桃花山のふもとの桃花村の劉太公の娘を半ば無理矢理に嫁に迎えようとしているところを、通りがかった太った僧に叩きのめされる。李忠は仇を討とうと配下を連れて下山していくが、太った僧とは出家した魯達(魯智深)であった。再会を喜んで、魯智深を山寨へ招いてもてなすが、結局山を荒らされた上に魯智深に逃げられてしまった。

 のち桃花山の部下が、青州に逃亡中であった官軍の将・呼延灼の名馬を盗んだことから、呼延灼率いる青州軍に山寨を攻められる。李忠・周通は呼延灼には適わず、二竜山の魯智深らや白虎山の孔亮ら、そして梁山泊軍と力を合わせ青州軍をうち破った。戦の後、桃花山の山寨を焼き払い配下と共々梁山泊へ身を投じた。

 入山後は歩兵の頭領を務める。

 梁山泊での最終席次は第86位、歩兵軍の将校十七員の一人。


ちくうせい  しょうはおう  しゅうとう
地空星 小覇王 周通

 桃花山の山賊。覇王項羽にあやかり、あだ名は小覇王。ある時、桃花山を通りかかった旅商人の李忠を襲うが、周通は李忠に打ち負かされ、李忠を引き留めて桃花山の山賊の首領に据え、二人で桃花山に勢力を築いた。
 ある時、周通が桃花山のふもとの桃花村の劉太公の娘を半ば無理矢理に嫁に迎えようとしているところを、通りがかった太った僧に叩きのめされる。李忠が仇を討とうと配下を連れて下山していくが、太った僧とは李忠の旧知の魯智深であった。李忠は再会を喜んで、魯智深を山寨へ招いてもてなすが、結局山を荒らされた上に魯智深に逃げられてしまった。
 のち桃花山の部下が、青州に逃亡中であった官軍の将・呼延灼の名馬を盗んだことから、呼延灼率いる青州軍に山寨を攻められる。李忠・周通は呼延灼には敵わず、二竜山の魯智深らや白虎山の孔亮ら、そして梁山泊軍と力を合わせ青州軍をうち破った。戦の後、桃花山の山寨を焼き払い配下と共々梁山泊へ身を投じた。
 入山後は騎兵の頭領を務める。
 梁山泊での最終席次は第87位、馬軍小彪将兼斥候十六員の一人。

ちこせい  きんせんひょうし  とうりゅう
地孤星 金銭豹子 湯隆

 武岡鎮の鍛冶屋。顔中にあばたがあり、あだ名は金銭豹子。身の丈七尺あまり、大きな鼻。重さ三十斤ほどの鉄瓜鎚の使い手。亡父も鍛冶屋で、延安府の知寨に取り立てられたほどの人物だが、湯隆は博打に凝って各地を流浪し、武岡鎮にたどり着き、ここに仮住まいし鍛冶屋をしていた。徐寧の従弟。
 ある日、武岡鎮の町中で鉄瓜鎚を操って人々に喝采されていた。そこに二仙山へ公孫勝を迎えに行った帰りの李逵が立ち寄る。李逵が、湯隆の鉄瓜鎚をまるで弾き玉をもてあそぶように使いこなしたため、湯隆は恐れ入り、李逵が梁山泊の好漢であることを知ると、李逵についていって梁山泊へ仲間入りすることにした。
 入山後は鍛冶の総監督を務める。対呼延灼戦では、官軍の連還馬法に対抗する鈎鎌鎗法を説き、自ら鈎鎌鎗の見本を造った。また唯一鈎鎌鎗を操る法を心得ている東京の禁軍師範である従兄の徐寧を仲間に引き入れるために、時遷・楽和とともに東京へ行き、徐寧をだまして山寨へ連れ去り、梁山泊へ仲間入りさせた。徐寧と湯隆は鈎鎌鎗部隊を率い、連還馬を破り呼延灼率いる官軍を見事撃退した。
 梁山泊での最終席次は第88位、武器甲冑の製造を監督する。

ちぜんせい  きれんじ  とこう
地全星 鬼臉児 杜興

 鄆州独竜岡李家荘の主管。中山府の人。大きな顔に角張ったあご、眼は鋭く耳は大きく、化け物のようにいかつい顔をしており、あだ名は鬼臉児。
 もと旅商人。いざこざから商売仲間を殺してしまい、薊州にて投獄されるが牢役人の楊雄に、人柄を見込まれそっと逃がしてもらったことがある。李家荘に流れ着き、荘主の李応に雇われたが、その仕事ぶりから李応に気に入られ主管を務めることになる。

 人を殺して薊州から逃亡を続けていた楊雄・石秀・時遷は途中、祝家荘に立ち寄るが、時遷が宿屋で鶏を盗んだのがばれ、祝家荘の捕り手に捕まってしまう。楊雄・石秀は逃げおおせて李家荘の居酒屋で杜興と出会う。李家荘と祝家荘は同盟関係にあるため、杜興は時遷を救おうと、李応の手紙を持って祝家荘へ向かうが、祝氏の三傑に一蹴されてしまう。怒った李応が自ら兵士を連れて乗り込んでいくが、祝彪の矢で負傷してしまい時遷を救い出すことは出来ず、楊雄らは梁山泊を頼っていった。

 その後、梁山泊と祝家荘の間に戦争が起こるが、李家荘は祝家荘の手助けをせず中立の立場をとった。梁山泊軍は祝家荘を滅ぼした後、李応と杜興を誘いだし、山寨へ連れて行って仲間入りするように誘った。家族も連行されてきた李応たちは、なすすべなく梁山泊へ協力することを決める。

 入山後は出納係や情報探知の居酒屋などを務める。対呼延灼戦、北京戦に参戦。対呼延灼戦では、投降してきた凌振と共に号砲を操った。北京戦では、穆弘率いる第五隊で戦った。

 梁山泊での席次は第89位、情報探知をつかさどり南山酒店で働く頭領二員のひとり。


ちたんせい  しゅつりんりょう すうえん
地短星 出林竜 鄒淵

 登州登雲山の山賊。莱州の出身。もとは博打打ちのごろつき。気性が激しく、容易に人に譲らず、あだ名は出林竜。純真で感じやすく、武芸もなかなかのもの。同じくらいの歳の甥、鄒潤と共に登雲山に勢力を築いた。登州の居酒屋の孫新とは親しい仲。
  ある時、孫新の親類の解珍・解宝兄弟が無実の罪で投獄されてしまう。孫新・顧大嫂夫婦は、兄の孫立や親類の牢役人楽和や鄒淵・鄒潤らとともに牢を破って解兄弟を救い出すことを企てる。孫新の誘いを受けた鄒淵・鄒潤は、喜んで力を貸し、登雲山の山賊らを引き連れて牢破りに加わった。一行は見事牢破りに成功し、鄒淵・鄒潤は王孔目の首を取った。一行は鄒淵の知り合いの楊林・石勇・鄧飛らを頼って梁山泊へ身を投じようとする。おりしも梁山泊は祝家荘との戦中。一行は、孫立の知古の欒廷玉を訪れるふりをして祝家荘へ潜入。戦いのさなか、内部から祝家荘を攪乱し梁山泊軍を勝利に導いた。
 入山後は歩兵を務める。対呼延灼戦、北京戦、曽頭市戦に参戦。対呼延灼戦では、鄒潤と共に歩兵の一隊を率いた。北京戦では、鄒潤と共に灯籠売りのふりをして城内に侵入、合図と火をつけてまわり、司獄司の表で往来のものを防ぎ止めた。曽頭市の戦いでは、朱仝、雷横、鄒潤とともに西の寨を攻撃した。
 梁山泊での席次は第90位、歩兵軍の将校十七員の一人。

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