好漢紹介
ちいんせい はくかだ ようしゅん
地陰星 白花蛇 楊春
少華山の第三の頭領。蒲州解良県の出身。大桿刀の使い手であだ名は白花蛇。同じく少華山の頭領である朱武・陳達とは義兄弟の仲。ある時、華陰県の食糧を奪いに陳達が下山していったところ、史家村の史進と争いとなり陳達は捕らわれの身となってしまう。史進の強さを恐れた朱武が一計を案じ、楊春と共に下山し、史進の元を訪れる。そして、陳達とは生死を共にすると誓った中であるので三人共々役所に突き出すよう、と泣いて訴えた。史進は朱武・楊春の義侠心に打たれ陳達を解放し、この後、史進と少華山の好漢たちは親しくつきあうようになる。しかし、この事が華陰県役所へ漏れ、史進は少華山の好漢との義を重んじ、屋敷を焼き払い捕り手を斬って逃亡した。楊春らは、史進を少華山の首領に迎えようとするが、史進は山賊になることをよしとせず旅に出た。しかし落ち着く先の見つからなかった史進は、結局少華山の首領に迎え入れられる。ある時、史進が青州の賀太守のもとに捕らわれてしまう。楊春らは史進を仲間に加えようとやってきた梁山泊の好漢たちの力を借りて、青州城を破り史進を救い出し、そのまま少華山を離れて梁山泊に仲間入りした。入山直後、史進らとともに芒?山の賊討伐に出陣するが、緒戦で大敗した。その後は、北京戦、曽頭市戦に参戦。北京戦では陳達と共に花栄の麾下で戦った。また曽頭市戦では、史進・楊志・陳達と共に曽頭市の北の寨を攻めた。梁山泊での席次は第73位、騎兵軍の小彪将兼斥候十六員のひとり。
ちいせい はくめんろうくん ていてんじゅ
地異星 白面郎君 鄭天寿
青州清風山の第三の頭領。蘇州の出身。朴刀の使い手。ある時、子分たちが清風山を通りがかった太った小男を捕まえてくる。鄭天寿らはその男の胆を引きずり出して吸い物にしようとしたが、すんでのところでその男が逃亡中の山東の及時雨宋江と知る。かねてより宋江の大名を聞いていた鄭天寿たちは、あわてて宋江を手厚くもてなした。その後、宋江は清風寨の旧知花栄を頼っていくが、知寨の劉高と青州兵馬都監黄信の手によって宋江と花栄は囚われの身となり、青州へ護送される。燕順・王英・鄭天寿らは護送隊を襲い、黄信を撃退し劉高を捕らえ、宋江と花栄を救い出した。その後、花栄の力を借りて追っ手の秦明を撃退し、秦明・黄信をも仲間に引き入れ、花栄の家族を救い出し劉高の家族を皆殺しにした。一行は宋江の勧めで梁山泊へ身を投じた。入山後は歩兵の頭領を務める。宋江が江州にて囚われの身となると、晁蓋らと共に江州へ乗り込んでいって、処刑間際の宋江を救い出した。対呼延灼戦、北京戦に参戦。対呼延灼戦では燕順と共に歩兵の一隊を率いた。北京戦では、杜興と共に穆弘の隊に属し北京城の東門より攻め入った。梁山泊での席次は第74位、歩兵軍の将校十七員のひとり。
ちりせい きゅうびき とうそうおう
地理星 九尾亀 陶宗旺
黄門山の第四の頭領。光州の人。力強く、得意の鉄鍬のほか、多能で槍や刀などもこなし、あだ名は九尾亀。もと農家の出身で、欧鵬・蒋敬・馬麟らと黄門山で盗賊をしていた。黄門山の四人は、かねてより宋江の名を慕っていたが、江州で宋江が騒動を起こしたと言うことを聞きつけると、帰還中の梁山泊一行を待ち受け、山寨へ招いてもてなす。宋江らから誘いを受けると、四人は喜んで仲間入りし山寨を捨てて梁山泊へ向かった。
入山後は主に城垣の建築を監督した。対呼延灼戦に参戦、楊雄と共に歩兵の一隊を率いた。
梁山泊での席次は第75位、すべての城垣の築造を監督する頭領。
ちしゅんせい てつせんし そうせい
地俊星 鉄扇子 宋清
済州鄆城県宋家村の豪農・宋太公の息子で、宋江の弟。排行は四郎。家を出て役所勤めをしていた兄に変わって父と共に家に残り家業を手伝っていた。あだ名は鉄扇子。兄の宋江が鄆城県で閻婆惜を殺すと、兄を実家の屋敷にかくまう。その後、宋江の身を隠すための旅に同行し、柴進の屋敷に身を寄せた。実家に累が及ばないことがわかると宋江に別れを告げて鄆城県へ戻った。ある時、父の宋太公が亡くなったという手紙を宋江に送って、逃亡中の宋江を呼び戻した。手紙の内容は嘘で、宋太公は生きており、宋江を呼び戻すために嘘を書かせたのであった。宋太公に諭された宋江は、罪に伏し江州へ流刑となる。宋江が江州での騒乱を経て、梁山泊へ入山すると、宋清も招かれて、宋太公を連れて梁山泊に仲間入りした。入山後はもっぱら宴会を司り、戦場に出ることはなかった。梁山泊での席次は第76位、宴席の整備にあたる頭領。
ちがくせい てつきょうし がくか
地楽星 鉄叫子 楽和
登州の牢役人。登州の出身だが、先祖は茅州の人。歌を唄うのが上手く、あだ名は鉄叫子。聡明で器用、一を知れば十を知るという人物。槍棒も愛好した。姉の楽大娘子は孫立の妻。ある時、猟師の解珍・解宝兄弟が無実の罪で投獄されてくる。牢役人の楽和が二人と話していると、楽和と解兄弟は親類であることが分かる。なんとか二人を救い出そうと考えた楽和は、同じく親類の居酒屋の孫新・顧大嫂夫婦に助けを求める。孫新・顧大嫂夫婦は、孫新の兄で楽和の義兄の提轄・孫立や、登雲山の賊の鄒淵・鄒潤らとともに牢を破って解兄弟を救い出すことを企てる。楽和もこれに内応し、見事解兄弟を救い出した。一行は、登州を離れ梁山泊へ身を投じようとする。おりしも梁山泊は祝家荘との戦中。一行は、孫立の知古の欒廷玉を訪れるふりをして祝家荘へ潜入。戦いのさなか、内部から祝家荘を攪乱し梁山泊軍を勝利に導いた。
入山後は、主に情報探知などを務め、朱貴と共に見張りの居酒屋を務めたこともあった。対呼延灼戦では、湯隆・時遷と共に東京へ赴き、金鎗班教頭の徐寧をだまして梁山泊へ迎え仲間にした。北京戦では、柴進と共に城内に潜入し、牢に捕らわれていた盧俊義と石秀を救い出した。凌州戦では、梁山泊を飛び出していった李逵を捜索しに遣わされた。
梁山泊での席次は第77位、軍中に機密を伝達する歩兵軍の頭領四員のひとり。
ちしょうせい かこうこ きょうおう
地捷星 花項虎 龔旺
東昌府の軍官。全身に虎の模様、首には虎の頭の刺青があり、あだ名は花項虎。飛槍の使い手。東昌府に梁山泊軍が攻め寄せると、張清の副将として梁山泊を迎え撃つ。丁得孫と共に張清を助け、索超を遮って戦った。乱戦の中、林冲・花栄のふたりに襲いかかられ、あせって飛槍を飛ばしたが、当たらず武器を失ってしまい、林冲と花栄に捕らえられた。その後、張清も生捕りとなり梁山泊に投降したと聞いて、丁得孫と共に梁山泊に降る。登場時は馬軍の将だったが、梁山泊入り後は歩兵の将校となる。梁山泊での席次は第78位、歩兵軍の将校十七員のひとり。
ちそくせい ちゅうせんこ ていとくそん
地速星 中箭虎 丁得孫
東昌府の軍官。顔から首にかけていちめんにあばたがあり、あだ名は中箭虎。飛叉を得意とする。東昌府に梁山泊軍が攻め寄せると、張清の副将として梁山泊を迎え撃つ。初戦では飛叉を飛ばして項充に傷を負わせた。龔旺と共に張清を助け、索超を遮って戦った。さらに乱戦の中、呂方・郭盛と渡りあうが、燕青の弩に馬の蹄を射られて落馬、呂方と郭盛に捕らえられた。その後、張清も生捕りとなり梁山泊に投降したと聞いて、龔旺と共に梁山泊に降る。
登場時は馬軍の将だったが、梁山泊入り後は歩兵の将校となる。
梁山泊での席次は第79位、歩兵軍の将校十七員のひとり。
ちちんせい しょうしゃらん ぼくしゅん
地鎮星 小遮攔 穆春
掲陽鎮の長者・穆太公の息子で町の顔役。穆弘の弟。あだ名は小遮攔。大きな体で、朴刀を使う。江州には潯陽江の張横・張順、掲陽岡の李俊・李立、掲陽嶺の穆弘・穆春の三覇の好漢たちが縄張っていた。ある時、掲陽鎮で無断で商売を始めた旅商人の薛永を相手にしないように街人たちに通知を出していたが、たまたま通りかかった流罪人の一行が、薛永に金を払う。穆春は、掲陽鎮に泥を塗るなと、怒って流罪人に打ちかかっていくが、薛永に阻まれ、逆に打ち倒される。穆春は棒を持って家人を引きつれて戻ってきて、宿に押しかけて薛永を捕まえて屋敷の柱につるし上げた。穆春はさらに兄の穆弘に、昼間、流罪人の一行に恥をかかされたことと訴える。家人によくよく聞いてみるとちょうど流罪人の一行が、屋敷に宿を仮りに来ているという。慌ててこれを捉えに行くが、流罪人一行はすでに、これを察知して逃げ出した後だった。穆弘・穆春は、父の穆太公が諫めるのもきかず、家人を引きつれて流罪人一行を追いかけ、潯陽江の岸辺へ追い詰めるが、李俊がかけつけてきて、罪人が山東の義士・及時雨宋江であることを告げる。常日頃から宋江の名声を聞き慕っていた穆弘・穆春は慌てて平伏し、宋江を屋敷へ案内して親しく義を結び、薛永を許した。しばらくのち宋江が江州にて反逆の罪を着せられ処刑されかかると、李俊・李立・張兄弟・穆兄弟・童威・薛永らとともに手下を集めて、宋江を救い出そうとした。その時、すでに宋江は梁山泊の好漢らに救い出されており、一同は宋江らと合流し白竜廟に小聚義する。穆弘・穆春はこの後、無為軍の戦いを経て、家財をまとめ屋敷を焼き払って父や家人らを連れて梁山泊へ入山した。
入山後は家屋や柵の建造を務める。対呼延灼戦、北京戦に参戦。対呼延灼戦では、穆弘と共に歩兵を率いた。北京戦では、施恩と共に雷横の麾下で戦った。梁山泊での席次は第80位、歩兵軍の将校十七員のひとり。
ちけいせい そうとうき そうせい
地稽星 操刀鬼 曹正
青州二竜山付近の居酒屋。東京開封府の人。代々肉屋の家で、畜生を殺すほうでは、かなりの腕利きで、あだ名は操刀鬼。山東へ商売に出てきていたが、元手をすってしまい、地元の百姓の家に婿入りし、妻と妻の弟とともに居酒屋を営んでいた。かつて東京で林冲に武芸を学んだことがある。ある時、自分の店で食い逃げをしようとした男を追いかけ、棒を振りまわして、これと戦ったが、男はかなりの使い手。驚いて名を聞いてみると、生辰綱輸送の任に失敗し、逃亡中の軍官・青面獣楊志であった。東京で楊志の噂を聞いていた曹正は、楊志を家に招いてもてなした。曹正は、身の落ちつけ所を探していた楊志に、二竜山に身を寄せるように勧める。楊志は、同じく逃亡中であった魯智深と知り合い、共に二竜山に身を寄せようとしたが、二竜山首領の鄧竜がこれを許さず、魯智深をたたき出したところだった。曹正は一計を案じ、魯智深を捕まえ縛りあげた百姓のふりをして、二竜山へ上り鄧竜に、これを献上しようとした。鄧竜が大いに喜んで油断したところで、魯智深の縄をほどき、魯智深と楊志はあっという間に、鄧竜を殺して二竜山をのっとった。しばらく後に曹正自身も二竜山に身を寄せ、魯智深・楊志等の仲間入りをする。青州の官軍との戦いを経て、二竜山の好漢たちは梁山泊に身を投じる。入山後は陸寨の守備などにつく。北京戦に参戦、李立と共に李逵の麾下で戦った。梁山泊での席次は第81位、牛馬豚羊の屠畜にあたる頭領。