好漢紹介

ちひせい  はっぴなた  こうじゅう
地飛星 八臂那吒 項充
 
 徐州沛県の芒碭山の第二の頭領。徐州沛県の出身。団牌の使い手。背中には二十四本の飛刀を挿み、手には標鎗をもって戦い、あだ名は、八臂那吒。飛刀は百歩離れてよく人を倒す腕前。樊瑞・李袞以下三千余の兵と共に芒碭山に居を構えていた。
 樊瑞らは、梁山泊を併呑しようと出兵の準備をしていたところ、逆に梁山泊の軍に攻め寄せられる。緒戦は項充・李袞らの働きで梁山泊の先鋒の史進らを撃退する。梁山泊の援軍が到着すると、樊瑞は妖術を使い、項充と李袞はこれにあわせて斬り込んで行くが、公孫勝の陣法の前に敗れ、項充と李袞は捉えられ宋江に説得されて梁山泊軍に投降。項充と李袞は、一人山に退いた樊瑞を説得し、梁山泊軍に投降させた。
 入山後は歩兵の頭領を勤める。北京戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。北京戦では、樊瑞、李袞とともに敗走する梁中書、李成、聞達らを追撃した。曽頭市の戦いでは、李逵らと共に講和の人質として曽頭市陣内へ潜入、合図と共に敵陣を荒らし回った。東昌府の戦いでは、樊瑞、李袞とともに敵に戦いを挑むが、敵将・丁得孫の飛叉で負傷させられその日は負け戦となった。
 梁山泊での席次は第64位、歩兵軍の将校十七員のひとり。

ちそうせい  ひてんたいせい  りこん
地走星 飛天大聖 李袞

 徐州沛県の芒碭山の第三の頭領。ヒ県の出身。団牌の使い手。背中には二十四本の標鎗を挿み、手には剣をもって戦い、あだ名は、飛天大聖。標鎗は百歩離れてよく人を倒す腕前。樊瑞・李袞以下三千余の兵と共に芒碭山に居を構えていた。
 樊瑞らは、梁山泊を併呑しようと出兵の準備をしていたところ、逆に梁山泊の軍に攻め寄せられる。緒戦は項充・李袞らの働きで梁山泊の先鋒の史進らを撃退する。梁山泊の援軍が到着すると、樊瑞は妖術を使い、項充と李袞はこれにあわせて斬り込んで行くが、公孫勝の陣法の前に敗れ、項充と李袞は捉えられ宋江に説得されて梁山泊軍に投降。項充と李袞は、一人山に退いた樊瑞を説得し、梁山泊軍に投降させた。
 入山後は歩兵の頭領を勤める。北京戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。北京戦では、項充、李袞とともに敗走する梁中書、李成、聞達らを追撃した。曽頭市の戦いでは、李逵らと共に講和の人質として曽頭市陣内へ潜入、合図と共に敵陣を荒らし回った。東昌府の戦いでは、樊瑞、項充とともに敵に戦いを挑むが、丁得孫の飛叉で項充が負傷させられその日は負け戦となった。
 梁山泊での席次は第65位、歩兵軍の将校十七員のひとり。

ちこうせい  ぎょくひしょう  きんたいけん
地巧星 玉臂匠 金大堅

 済州の職人。碑を刻み、玉石や印鑑を彫ることについては中原きっての大家で、あだ名は玉臂匠。槍棒にも通じる。

 泰山の嶽廟に奉納する碑を彫って欲しいと、書生の蕭譲とともに、山伏を装った戴宗から依頼を受ける。泰山へ向かう途中、梁山泊の王英らに襲いかかられる。蕭譲と金大堅は棒を振るって王英を追い返したが、二、三十人の賊に捕まり、梁山泊に連れて行かれる。そこで江州で投獄された宋江を救うために、蔡京の偽手紙を作るのに協力を求められる。すべて梁山泊の呉用の策略であったのだ。いつのまにか家族も梁山泊に連れてこられており、梁山泊入りを決意。金大堅は、寸分の誤りもなく蔡京の印鑑を偽造し、偽の手紙を完成させる。

 入山後は、前線に出ることはなく、主に兵符や印信を作る。他にも祝家荘戦後、鄆州知府一行を装い、李応をさらって梁山泊の仲間入りをさせるなどの働きがあった。

 梁山泊での席次は第66位、すべての兵符・印信の製作にあたる頭領。


ちめせい  てつてきせん  ばりん
地明星 鉄笛仙 馬麟

 黄門山の第三の頭領。建康府の出身。鉄笛を吹くのがうまく、あだ名は鉄笛仙。猛々しい容貌で、滾刀や両刀の使い手で百人を相手にしてもひけをとらない。かつては異人町のごろつきで、捕手役人の下役などを務めていた。欧鵬・蒋敬・陶宗旺らとともに黄門山で山賊となっていた。

 黄門山の四人は、かねてより宋江の名を慕っていたが、江州で宋江が騒動を起こしたと言うことを聞きつけると、帰還中の梁山泊一行を待ち受け、山寨へ招いてもてなす。宋江らから誘いを受けると、喜んで仲間入りし山寨を捨てて梁山泊へ向かった。

 入山後は騎兵の頭領をつとめる。祝家荘戦、高唐州戦、対呼延灼戦、北京戦、曽頭市戦、東昌府戦に参戦。祝家荘戦では、先鋒の一角を務め扈三娘や祝竜と壮絶な一騎打ちを繰り広げた。第一次北京戦では、林冲、鄧飛とともに戦い、第二次北京戦では、林冲・花栄・鄧飛とともに一隊を率いて戦った。曽頭市戦では、花栄・秦明・鄧飛とともに南の大寨を攻撃し、続けて凌州からの援軍を撃退した。

 梁山泊での席次は第67位、騎兵軍小彪将兼斥候十六員のひとり。


ちしんせい  しゅつどうこう  どうい
地進星 出洞蛟 童威

 潯陽江のほとりの塩の闇商人。童猛の兄。泳ぎが達者で船もこぎ、あだ名は出洞蛟。兄弟で商いをし、掲陽嶺付近に出向いては李俊の家に身を寄せていた。
 ある時、李俊がかねてより慕っている山東の及時雨宋江が江州に配流になったという噂を聞きつける。道中、彼にあって交流を得たいと考えた李俊と童兄弟が、李立の酒屋へ顔を出してみると、囚人一行を先ほど盛り潰したところだという。囚人の荷物を改めると、果たして彼が宋江であったのであわててさまし薬を飲ませた。一行は宋江を歓待し見送った。その後、配流途中の宋江は掲陽鎮にて穆兄弟に追われ、潯陽江では張横の追い剥ぎに遇うが、駆けつけた李俊・童兄弟が彼の身を明かすと、みな平伏して宋江を慕った。宋江が江州にて反逆の罪を着せられ処刑されかかると、李俊・李立・張兄弟・穆兄弟・童猛・薛永らとともに手下を集めて、宋江を救い出そうとした。その時、すでに宋江は梁山泊の好漢らに救い出されており、一同は宋江らと合流し白竜廟に小聚義し、梁山泊に身を投じる。
 入山後しばらくは、童猛と共に西山酒店を営み、のち金沙灘の守備を任される。のち水軍の頭領をつとめ、李俊の副将となることが多かった。対呼延灼戦、対関勝戦、東昌府戦に参戦。
 梁山泊での席次は第68位、四寨の水軍の頭領のひとり。

ちたいせい  はんこうしん  どうもう
地退星 翻江蜃 童猛

 潯陽江のほとりの塩の闇商人。童威の弟。泳ぎが達者で船もこぎ、あだ名は翻江蜃。兄弟で商いをし、掲陽嶺付近に出向いては李俊の家に身を寄せていた。
 ある時、李俊がかねてより慕っている山東の及時雨宋江が江州に配流になったという噂を聞きつける。道中、彼にあって交流を得たいと考えた李俊と童兄弟が、李立の酒屋へ顔を出してみると、囚人一行を先ほど盛り潰したところだという。囚人の荷物を改めると、果たして彼が宋江であったのであわててさまし薬を飲ませた。一行は宋江を歓待し見送った。その後、配流途中の宋江は掲陽鎮にて穆兄弟に追われ、潯陽江では張横の追い剥ぎに遇うが、駆けつけた李俊・童兄弟が彼の身を明かすと、みな平伏して宋江を慕った。しばらくのち宋江が江州にて反逆の罪を着せられ処刑されかかると、李俊・李立・張兄弟・穆兄弟・童威・薛永らとともに手下を集めて、宋江を救い出そうとした。その時、すでに宋江は梁山泊の好漢らに救い出されており、一同は宋江らと合流し白竜廟に小聚義し、梁山泊に身を投じる。
 入山後しばらくは、童威と共に西山酒店を営み。のち金沙灘の守備を任される。水軍の頭領をつとめ、李俊の副将となることが多かった。対呼延灼戦、対関勝戦、東昌府戦に参戦。
 梁山泊での席次は第69位、四寨の水軍の頭領のひとり。

ちまんせい  ぎょくはんかん  もうこう
地満星 玉旛竿 孟康

 飲馬川の第三の頭領。真定州の出身。背が高く色が白く、美しい肉体をなので、あだ名は玉旛竿。船舶の建造を得意とする。強弩の使い手。かつて花石綱を運ぶ船の建造をしていたが、仕事をせき立てた監督官を殺し逃亡。鄧飛と共に飲馬川の山賊となる。のち沙門島に押送されていく裴宣を偶然救い出したところ、彼が優れた人物であったため裴宣を首領に迎える。

 ある時、鄧飛と共に飲馬川を通りかかった二人組を襲おうとしたが、その二人は鄧飛のかつての仲間楊林と、楊林と知り合った戴宗であった。鄧飛と孟康は彼らを山寨へ招き、裴宣に紹介して彼らをもてなす。すっかり意気投合して、戴宗に梁山泊入りを誘われると、三人は喜んで受け入れ、のち戴宗、楊林と共に梁山泊へ向かった。

 梁山泊に入山後は、船舶の建造を任される。前線に出ることは少ないが、対呼延灼戦では水上戦に参戦した。

 梁山泊での席次は第70位、大小戦船の建造を監督する頭領。


ちすいせい  つうひえん  こうけん
地遂星 通臂猿 侯健

 無為軍黄文炳の家の仕立て人。洪都の出身。仕立物の名手で、針を飛ばし糸を走らすと形容される腕前。色が黒く身のこなしがすばやく、あだ名は通臂猿。かつて薛永に槍棒を学んだ。無為軍の黄文炳の屋敷に雇われていた。

 江州で宋江を陥れた黄文炳を討つために梁山泊の好漢たちは、無為軍にある黄文炳の家を攻めようとする。偵察に出た薛永は黄文炳の家に雇われていた弟子の侯健と再会する。侯健は黄文炳が良民を苦しめる狡猾な悪人であることを知っていたので、梁山泊軍を導いて黄文炳を討つのに協力する。また、人徳者である兄の黄文燁を見逃すよう進言した。梁山泊軍が黄文炳を殺すと、そのまま梁山泊へ仲間入りした。

 入山後は前線に出ることはなく、旗さしものや軍服の製作に当たる。祝家荘戦後、鄆州知府一行を装い、李応をさらって梁山泊の仲間入りをさせるなどの働きがあった。梁山泊に百八人が集結した時、忠義堂に掲げる替天行道旗をはじめ旗さしものなどをつくった。

 梁山泊での席次は第71位、旌旗袍襖の製作にあたる頭領。


ちしゅうせい  ちょうかんこ  ちんたつ
地周星 跳澗虎 陳達

 少華山の第二の頭領。鄴城の出身。点鋼鎗の使い手であだ名は跳澗虎。力は強く、声はいさましく、性格は粗暴。同じく少華山の頭領である朱武・楊春とは義兄弟の仲。
 ある時、陳達は華陰県を襲って食糧を奪うことを画策する。史家村の史進を恐れる朱武と楊春は陳達を諫めるが、陳達はこれを聞き入れず勇んで下山する。史家村を通りかかったとき、やはり史進と争いとなり、陳達は一騎打ちに敗れて捕らわれの身となってしまう。朱武が一計を案じ、楊春と共に下山し、史進の元を訪れる。そして、陳達とは生死を共にすると誓った中であるので三人共々役所に突き出すよう、と泣いて訴えた。史進は朱武らの義侠心に打たれ陳達を解放し、この後、史進と少華山の好漢たちは親しくつきあうようになる。しかし、この事が華陰県役所へ漏れ、史進は少華山の好漢との義を重んじ、屋敷を焼き払い捕り手を斬って逃亡した。
 陳達らは、史進を少華山の首領に迎えようとするが、史進は山賊になることをよしとせず旅に出た。しかし落ち着く先の見つからなかった史進は、結局少華山の首領に迎え入れられる。ある時、史進が青州の賀太守のもとに捕らわれてしまう。陳達らは史進を仲間に加えようとやってきた梁山泊の好漢たちの力を借りて、青州城を破り史進を救い出し、そのまま少華山を離れて梁山泊に仲間入りした。
 入山直後、史進らとともに芒碭山の賊討伐に出陣するが、緒戦で大敗した。その後は、北京戦、曽頭市戦に参戦。北京戦では楊春と共に花栄の麾下で戦った。また曽頭市戦では、史進・楊志・楊春と共に曽頭市の北の寨を攻めた。
 梁山泊での席次は第72位、歩兵軍の頭領のひとり。

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