
累代金枝玉葉
先朝鳳子龍孫
丹書鐵券護家門
萬里招賢名振
待客一團和氣
揮金滿面陽春
能文會武孟嘗君
小旋風聰明柴進 |
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てんきせい しょうせんぷう さいしん
天貴星 小旋風 柴進
滄州の長者。後周の皇帝、柴世宗の子孫で、土地のものからは柴大官人と呼ばれる。優れた容貌で、竜の眉に鳳凰の眼、白い歯に赤い唇、口をおおう三すじのひげを生やす。登場時三十四、五才。軒昂たる人品で、あだ名は小旋風。柴世宗は宋の太祖に皇帝の座を譲った人物で、一族は宋の皇室から庇護を受け、天子のお墨付きである丹書鉄券を与えられた家柄である。柴進は、天下の好漢と交わることを好み罪を犯して行き場をなくした人々を、食客として屋敷に住まわせていた。
ある時、狩りを終えて屋敷に戻ってくるときに、流罪人の東京の八十万禁軍教頭林冲一行に声をかけられる。柴進は、配流中の林冲を快く屋敷に迎え入れてもてなした。ちょうど柴進の家に居候になっていた棒術師範の洪教頭が、林冲にちょっかいを出してくると、これを快く思わない柴進は、林冲と洪教頭に棒術の勝負をさせる。結果、林冲が洪教頭に圧勝し、洪教頭は屋敷を出て行った。その後、柴進は滄州の牢城で便宜を図ってもらえるよう手紙をしたためて銀子と共に林冲に手渡して、これを見送った。林冲が高俅の手先に命を狙われ、これを返り討ちにして滄州の牢城を脱走してくるとこれを保護し、林冲に梁山泊の王倫のもとへ身を寄せるように勧める。梁山泊の首領王倫や頭領の杜遷も、かつて柴進の世話になったことのある人物であった。
しばらく後、鄆城県で人殺しをした宋江と弟の宋清が身を隠すために柴進の屋敷を訪れる。山東の及時雨宋江の大名を聞き及んでいた柴進は喜んで宋江らを迎え入れた。同じく柴進の屋敷にやっかいになっていた武松と宋江を引き合わせた。またしばらく後、梁山泊の呉用・雷横・李逵らが朱仝を仲間に加えるために滄州を訪れた際、彼らを家に逗留させた。
そんな折、高唐州に住む叔父・柴皇城が危篤との知らせが入る。柴進は李逵を連れて高唐州の柴皇城の屋敷へと急ぐ。高唐州知府・高廉の妻の弟の殷天錫というごろつきが、高廉の権威をかさに着て、美しい柴皇城の屋敷を明け渡すよう因縁をつけ、これを断った柴皇城に暴力を振るって危篤に追い込んでいたのである。柴皇城は、柴進に無念の意を伝えて絶命する。するとまた殷天錫がやってきて屋敷を明け渡すように迫ってくる。柴進は、叔父の喪が明ける四十九日の後に屋敷を明け渡すと言うが、殷天錫は聞き入れず、取り巻きたちに柴進を襲わせる。脇にいた李逵は、我慢ができなくなり、取り巻きたちを蹴散らして殷天錫を殴り殺してしまった。
柴進は李逵を逃がして梁山泊へ戻らせ、天子のお墨付きである丹書鉄券をたてに放免されるように求めるが、妻の弟を殺された知府・高廉の前では、まったく聞き入れられず、拷問を受けて殷天錫殺しを自供させられ、首枷をつけて死刑囚の牢獄に押し込まれた。梁山泊軍は大恩ある柴進を救い出すべく高唐州へ押し寄せ、高廉を打ち破った。大牢から柴進を救い出そうとしたが、姿が見えない。高廉から柴進を始末するように命じられた牢役人の藺仁が、人柄優れる柴進を殺すに忍びず、密かに裏の井戸の中に逃がしておいたのであった。まさに命絶えようとしていた柴進は、井戸の中に下りてきた李逵に助け出され、九死に一生得、梁山泊の好漢に仲間入りする。
入山後は後軍の寨の守備などを担当した。対呼延灼戦では騎兵として出陣し山麓で敵を挑発した。また、青州戦や芒碭山戦にも参戦した。北京戦では、城内に潜入し金一千両を牢役人の蔡福に渡し、盧俊義の命を助けるよう迫った。梁山泊軍の一斉攻撃が始まると、柴進は楽和と共に牢の蔡福・蔡慶を訪れ、捕虜となっていた盧俊義と石秀を救い出した。
梁山泊での席次は第十位。金銭糧食をつかさどる頭領。
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