梁山泊について
◆梁山泊とは
梁山泊は、『水滸伝』の物語の中心となる宋江ら108人の盗賊が立て籠もった天然の要塞です。「泊」は「濼」とも書き、浅い湖のことを指します。
山東にある梁山は、もともと良山という名前でしたが、漢の文帝の子・梁孝王がここに葬られたことから梁山と呼ばれるようになりました。10世紀、五代十国の時代に黄河が大氾濫し、河の流れや地形が変わって大量の水が山東に流れ込み、梁山の周辺に大きな水たまりをつくり、梁山は水の中に取り残された孤島のようになりました。こうしてが梁山泊が誕生しました。『水滸伝』の舞台となった北宋の時代の梁山泊の大きさは、南北三百里(165km)、東西百里(55km)、周囲八百里(440km)という巨大なもので、当時の鄆州と済州にまたがっていました(梁山泊周辺地図)。
『水滸伝』の主人公・宋江のモデルとなった北宋の盗賊・宋江らが、梁山泊に立て籠もったという確かな記録は残念ながらありません。しかし、大きな水たまりによって外界と隔離された梁山は、格好の隠れ家であったことは確かで、盗賊達の拠点となっていたことを示す記録は多く残されています。時代が下り、繰り返す黄河の氾濫で土砂が堆積し、またその後、黄河の流れが変わってしまったことから梁山泊は徐々に干上がっていき、17世紀、清代の康煕年間には、水たまりはすっかりなくなってしまいました。
◆現在の梁山泊
かつて梁山泊のあった場所は、現在は山東省梁山県の管轄となっています。上に述べたように梁山泊は既にすっかり干上がってしまい、今は泊の跡形もなくなっています。梁山は、しばらく外国人未解放地区でしたが、現在は解放されており日本人も自由に観光できるようになっています。梁山は、「水泊梁山名勝区」という観光地となっており、山内は忠義堂など『水滸伝』の物語の世界が再現されています。
なお現在の日本では、『水滸伝』の影響を受け、「梁山泊」という言葉が、「英雄豪傑の集う場所」「アウトロー達のたまり場」という意味の一般名詞として使われることもあります。